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2019年5月1日

平成が終わりました。

昭和・平成と経て、新しい年号、「令和」を迎えましたね。

年越しのような雰囲気もどこかで感じますが、

個人的には何も変わらず、今年の長いゴールデンウィークをまったり過ごしています。

 

久々のブログなので何から書いていいかわかりませんが

昨年は200公演を超えて、とても忙しい日々でした。

今年も同じペースなので、毎年シーズンオフとなる来週までのこの約2週間はとても貴重です。

千葉交響楽団は3月までどの公演も充実の内容で、来週からシーズン始動。

 

3月と4月のはじめには横浜シンフォエッタによる交響曲の暗譜演奏

(今回はモーツァルトの交響曲39番とプロコフィエフの交響曲第1番)がありました。

モスクワ公演でも行い、4月の最初の一週間までにとても濃密な機会に恵まれました。

 

暗譜には色んなご意見をいただきますが、

「あそこの店のカルボナーラはとても美味しいよ!」

みたいな事と似ていて、食べてみないと本当のことは何にもわかりません。

交響曲を暗譜するというのは、やって得られるものがたくさんあります。

 

ソロの暗譜とはだいぶ違うように感じますが、、それは僕の能力の無さの問題でしょうね。

今回は前回の41番のときよりも余裕がありました。

音楽にも旅にも、本番にも。どの場面に居ても暗譜には抵抗が無かったので不思議な感じです。

 

そもそも個人的に暗譜をしなければいけないとは思いません。

 

自分の体に入っているかどうか、作曲家の解釈が自身の言葉になって代弁できているかどうか

議会などで台本などを読まずに人にメッセージを伝えられる事と同じで、

そこまで音楽を入れて実にしているかどうかということが出来ていれば、

それが暗譜である必要は無いと思います。(それが出来れば。。。)

 

しかしながら、やってみると大きく違うことがわかりました。

やった人しかわからないのはそこで説明付かないものがあるからです。

 

交響曲の暗譜は、ソロと同様にパート譜だけでは合奏の時弾けなくなるからダメで、

全体を入れなきゃならない。そこにくると、ソロと違って他の楽器も入れるのだから、

かなり勉強する必要があって、チェロパートに至ってはメロディはあまり無いので、

どういう意味で「ココにこの一音があるのか」を考えてなくてはならないわけなんです。

 

仕事で忙しすぎる日本の音楽家にはかなり過酷。

でも、やり遂げてしまうと、そこには指揮者との、奏者同士との対話しかなく、

境地と言える位置で音楽ができる気がします、そのせいもあって達成感は強烈で、

それに合わせて作品の偉大さと、作曲家の意思と、その向こう側を覗ける。

そういう感じがしました。。。あくまでも個人的な感想ですが。

 

この試練が終わって一週間もすると、

成長して革命が起きた脳みそを得られます。

そこが堪らないですね。

暗譜という言葉に抵抗がある方も、代弁者としての使命を全うしやすくなる、

ということでお勧めします!笑

 

この公演のあとに、兵庫県芸術文化センター管弦楽団の公演のため神戸に久しぶりに1週間滞在。

乗り番が半分ということもあって、少しのんびり過ごせました。

 

新しい時代、今までと変わらず、一つ一つ。噛み締めていきます。

 

 

家庭菜園で苗を植えました。

今年はピーマン・トマト・きゅうりに挑戦です。